枯葉剤とは? ベトナム戦争でアメリカによって撒かれた有害化学物質

 

皆さんは”枯葉剤”という言葉を耳にしたことがあるだろうか?

今回はベトナム戦争で散布され、今なおベトナムを苦しめている

この悪魔の化学物質について語ることにしよう。

 

ベトナム戦争で散布された悪魔の化学物質 ”枯葉剤”

枯葉剤

ベトナム戦争で撒かれた最悪の化学兵器

 

日本でもおなじみの有害化学物質ダイオキシンの仲間であり、
2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-1,4-ジオキシン(TCDD) という
毒性の強い化学物質を含んでいる。

この通称TCDDは動物実験で催奇性(発生段階において奇形を発生させる作用のこと)が
確認されており、多くのベトナム人々の生活に影響を与えた。

今回はそもそも ”枯葉剤” とは何なのか?

そして、ベトナム戦争で実際にどういった形で使用され、どの地域に散布され、
どれだけ多くの人間の未来を奪っていたのかについて記事にしてみた。

皆さんもベトナムに関わっていく以上は彼らの苦しみの歴史を知らなければならない。

 

“枯葉剤” の成分とは?製造したのはだれ?

まずは “枯葉剤” の成分から見ていこう。

ベトナム戦争で使用されたものは2,4-ジクロロフェノキシ酢酸 (2,4-D) と2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸 (2,4,5-T) の混合剤。

”ダイオキシンが含まれ、前出のTCDD(2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-1,4-ジオキシン)を副産物として生成する。

このTCDDが非常に強力な毒性を持ち、多くの奇形児を発生させる元となる物質だった。

そして、この “枯葉剤” を製造したのは当然アメリカの企業。

ダイヤモンドシャムロック、ダウ、ハーキュリーズ、T-Hアグリカルチュラル・ニュートリション・カンパニー、トムソン・ケミカルズ・コーポレーション、ユニロイヤル社、
そしてモンサント社といった7社。

モンサント社は現在でも除草剤や遺伝子組み換え食品などでシェアを持つグローバル企業。

★モンサント社★
★除草剤から遺伝子組み換え食品へ★

 

ベトナム戦争での「枯葉剤」の用途とは?

アメリカはベトナムで苦戦していました。

ベトナム戦争後半に突入し、ベトコンのゲリラ戦法に
手を焼いていたアメリカが実行したのが枯葉剤の散布でした。

“ベトコン” とはホーチミン率いる
南民族解放民族統一戦線の通称です。

ベトコンは草木に隠れ、奇襲を仕掛けてくるので、
その草木に枯葉剤を散布してしまえば草木は枯れて、
森林は丸裸の状態になるので
ベトコンのゲリラ戦法を止めることが
出来るのではないかと考えたのでした。

もちろん一定の効果はありました。

ただし、その枯葉剤には上記に述べたように
最悪の有害物質ダイオキシンが大量に含まれていたのです。

 

ベトナム戦争で撒かれた「枯葉剤」の散布量や地域は?

(写真引用:WIKIPEDIA)

米軍は1962~1971年、南ベトナム解放民族戦線、通称ベトコン(Viet Cong)のゲリラが身を隠す木や食料を奪い、一掃しようと、ベトナム南部に8000万リットルの枯れ葉剤を散布した。

ベトナム政府によると、最大300万人のベトナム人が枯れ葉剤にさらされ、今も先天性欠損を抱える子ども15万人を含む100万人が健康への深刻な影響を受けている。

引用:AFPより

枯葉剤は1961年から1975年にかけてゲリラの根拠地であったサイゴン周辺やタイニン省バクリエウ省のホンダン県などに大量に散布された。

アメリカ復員軍人局の資料によれば確認できるだけで8万3600キロリットルの枯葉剤が散布された[1]

コロンビア大学のジーン・ステルマンの調査では、散布地域と当時の集落分布をあわせて調査した結果、400万人のベトナム人が枯葉剤に曝露したとしている。

引用:WIKIPEDIAより

 

散布面積は170万~240万ヘクタールに渡る。
(日本の関東全域にほぼ相当する)

散布された主な地域は以下の通りである。

 

紅河デルタ地域:タイビン省(被害者が最多とされる)、ナムディン省、ハノイ市ドンアイン県・タックタット県・ハドン区(旧ハタイ省)

北中部:クアンチ省、ダナン中央直轄市(ホットスポット[*2]であるダナン飛行場がある)、トゥアティエン=フエ省フエ市、アールオイ県

南中部:クアンナム省、ビンディン省(ホットスポットであるフーカット飛行場がある)

東南部:ビンフオック省、ビントゥアン省、ドンナイ省(ホットスポットであるビエンホア飛行場がある)、ドンナイ省、タイニン省(ジャングルに解放民族戦線の総司令部が置かれた)、ビンズオン省

メコンデルタ地域:ホーチミン市、バクリエウ省フオックロン、ベンチェ省、カマウ省
(下線の地域は障害者率が特に高い)

出典:アジア途上国障害情報センター記事より

 

他にも文献がありましたが、

散布量でおよそ

8000万リットル、

300〜400万人以上

が枯葉剤の影響を受けたようです。

 

ホーチミン近郊で散布されたのは
BienHoaCanGioあたりになりますね。

CanGioに関しては釣行記に現地の写真を掲載しております。

 

★CanGio釣行記★

 

「枯葉剤」を撒かれた人々と地域に与えた影響とは?

それではここからが本題です。

悪名高き ”枯葉剤” は一体どういった影響を
ベトナム人に与えてきたのでしょうか?

 

ベトちゃんドクちゃんとして日本で知られたグエン・ベトとグエン・ドクの双子の兄弟が、下半身がつながった状態で1981年に生まれたのは、母親が枯葉剤入りの水を飲んだ影響だとされています。

出典:JICA記事より

 

ベトナム政府によれば3世代にわたり5百万人が健康被害を受けている。

1995年において枯葉剤被害者の保護施設ツーヅー病院(ホーチミン)には50名の先天性障害児が入院中で、平均2日に一人の割合で奇形児が生まれるか、運び込まれており、奇形児は約5万人と推定されている。

出典:アジア途上国障害情報センター記事より

 

当時、霧状に撒布された枯葉剤を全身に、しかも繰り返し浴びたべトナムの人々に、その急 性毒の直接的影響として何が起きたかについて の科学的データはほとんどない。

戦争中に死亡したおびただしい数のべトナム人の個々の死因 について詳しい情報が残されていないからである。

しかし、生き延びた人々の多くに、クロルアクネ(ダイオキシン被曝により発生する特異な皮膚疾患)のほか、ダイオキシンの慢性毒のもつ強い催奇性、発癌性、肝毒性、免疫毒性に よる異常や様々な疾患が発生した。

催奇性 は、第二世代のみならず、第三世代にも少なからぬ影響を与えている。

出典:ベトナム戦争における米国の戦争犯罪

 

このように後遺症として
先天性障害児が多く生まれてきました。

それ以外にも皮膚疾患や発癌などの症状がみられました。

何より恐ろしいのがそれが現在の
4世代に渡って影響を与えているとのことです。

昔は奇形で生まれた場合、
そのまま捨てられたそうです。

なんと悲しいことか。。。

 

最初に引用した文章に関して、ベトちゃんとドクちゃんは有名ですね。

ちなみにドクちゃんはDucちゃんです。

いまでもドクちゃんは生きていて、
ベトナムで日本からの支援金を得て
枯葉剤で後遺症を患う孤児院を営んでおります。

 

戦争博物館を訪れてみた

 

それでは実際に「枯葉剤」の影響を受けてきた人たちを見てみましょう。

ベトナムのちと悲惨な歴史を見つめ直し、私達が今進むべき方向を正していきましょう。

生まれてから名前も名付けられずにそのまま生まれた病院で亡くなった女の子です。

 

こちらの子供は脳が小さい状態で生まれ、手足・口・耳といった部分に変形異常が見られたました。

生まれた翌日には亡くなってしまうという悲しい運命をたどりました。

 

ベトナムには戦争博物館というベトナム戦争時代の写真を展示している博物館があります。

私が訪れた際の写真を掲載しているので是非そちらの記事も御覧ください。

 

「枯葉剤」を撒かれた人々・地域の現在は?

枯葉剤は南部ホーチミン近郊ですと7区南のCanGioなどに散布されましたが現在はどのようになっているのでしょうか?

こちらがそのCanGioで枯葉剤を散布された当時の写真が上記になります。

恐ろしいと感じるほどの破壊力ですね。雑草一つ生えていません。

 

そしてCanGioの現在の写真がこちら

マングローブは完全に元の状態に戻りましたね。

 

私も釣りでよくCanGioに行っているのですのですが緑が生い茂っており、生態系も豊かなところです。

シーバスやハタ、などが釣れ、牡蠣やエビの養殖が盛んな地域となっております。

枯葉剤を撒かれた他の地域も今や緑で覆われています。

★現在のCanGioの様子はこちら★

枯葉剤の被害者に関しては現在でもたくさん見ることができます。

特に工場などで働いている日本人ならわかると思いますが、たくさんいる工員の中には指がなかったり、手足が多少不自由だったりとその影響を隠し得ないベトナム人も何人かはいるはずです。

私も以前働いていた工場で指が多い部下の姿を目にしたことがあります。

当時は気が付きませんでしたが今考えるとあれはおそらく枯葉剤の影響でしょう。

 

枯葉剤の奇形の影響は現時点で第4世代まで確認できています。

世代を越えて悪影響を与え続けており、2019年現在でもホーチミン市内でたくさんの枯葉剤の被害者がチップをねだっているのをみることが出来ます。

ただおそらく彼らはチップだけで私達以上に稼いでいるでしょうね。。。

 

枯葉剤の被害者をサポートする施設がベトナムにはいくつかあります。

日本のNPOなどがサポートしていますので皆様も是非サポートしてあげて下さい。

下記にリンク貼っておきます。

枯葉剤の被害者をサポートしている
NPO法人VAVA

戦争当時、枯葉剤の散布を直接受けた人が約400万人以上いて、今もなお枯葉剤の被害者は数十万人単位でベトナムに存在します。

ベトナム政府・日本政府も支援しており、昔よりもサポートする体制などが整っていることは間違い有りませんが、今後も引き続き彼らが社会に出て活躍出来るような体制を私達は整えていかなければなりません。

今現在清水建設などはビエンホア空港の周辺の枯葉剤で汚染された土壌浄化作業をしています。

こういった活動は素晴らしいことだと思います。

効率と経済利益だけで置き去りにされてきた社会の犠牲者を現代の社会システムで利益を享受している先進国の私達がリーダーシップを取ることにより積極的に支えてあげなければなりません。

この記事を通して、ベトナム戦争、枯葉剤の犠牲者、自分自身のあり方を考え直すきっかけになっていただければ幸いです。

それでは今日はこの辺で。

ベトナムの歴史を知ろう
★ベトナム戦争博物館★

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